2017年8月9日水曜日

14日目 熊本-沖縄行きフェリー

沖に出て、インターネット回線が不安定だったので今日の更新になりました。

きのうは熊本駅からスタートしました。

07:15 熊本駅から熊本県の八代(やつしろ)行きの乗ります。

八代駅からは肥薩本線で移動します。
八代駅に着くと見覚えのある車両が停まってました。

北海道や東北でかなり乗ったディーゼル動車のキハ40でした。
久々の再開です。

山奥をどんどん走っていきます。
ほとんどが山で駅の周りに小さな集落がある感じです。

人吉駅で乗り換えです。

時間があったので、駅の外に出ると
カラクリ時計がありました。
10時ちょうどまで待つと太鼓が鳴って中から人形が出てきました。

お殿様が覗いています。

カラクリ時計を観てホームに戻ると、
列車が来てました。いさぶろう1号です。
「いさぶろう」という名前は明治時代の鉄道の偉人にちなんだものだそうです。

途中の大畑(おこば)駅、名刺がいっぱい貼ってありますが、ここに名刺を貼ると出世するというジンクスがあるそうです。

大畑駅の付近には急傾斜を登るための直径600mのループ線と急傾斜地の
駅のためのスイッチバックがあります。
ループ線の中にスイッチバックのある駅は全国でもここだけだそうです。
ループ線から大畑駅のスイッチバックが見えました。

霧島連山が広がっています。

吉松駅に着きました。乗り継ぎの待ち時間が少しあるので
外に出てみました。

駅のすぐそばには燃料庫として使用していた石倉があります。
この石倉は明治36年に作られ、現存する最古級の石造遺産のひとつのようです。

吉松駅で鹿児島県の隼人駅行きに乗り換えます。

途中の車窓

隼人駅に着きました。

隼人駅には鯛車というものが展示されてました。
鹿児島県の郷土玩具で鯛の赤い色は幼児の悪病を退散させる力があると考えられていたので、古くから疱瘡除けとして祝ものなどにも用いられていたそうです。
なんとなくJAのちょきんぎょに似ていますね

隼人駅で鹿児島中央駅行きに乗り換えます。
これが、今回乗る最後の鉄道だったりします。

桜島が見えてきました。

鹿児島中央駅に到着、ここで鉄道の旅は終了です。
北海道からずっと鉄道で移動してきましたが、ここで終わると考えるとなんだか寂しいです。

鹿児島中央駅から汗だくになりながら鹿児島新港へ
沖縄行きのフェリーに乗船します。

出港

どんどん鹿児島の街が小さくなっていきます。

きょうの経路
熊本駅(熊本県)-沖縄行きフェリー
ピンク色に塗ってある部分が通った路線です。

2017年8月7日月曜日

13日目 大分-熊本

きょうは熊本駅からスタートです。
朝、改札に向かうと予想はしていたのですが昨日の台風5号の影響で
大分駅と福岡県の久留米駅を結ぶ久大本線の一部区間の運転を見合せていました。
午後から安全が確認でき次第再開とあるので午後まで大分駅の周りを散歩することにします。

駅の近くの若草公園という公園で蒸気機関車を見つけました。
運転台に上がれるようになってたので覗いてみました。
運転台はバルブでいっぱいですね
この蒸気機関車は昭和46年の4月まで34年間にわたり、主に日豊本線で活躍していたもの
らしいです。日豊本線は昨日、小倉から大分まで移動するときに乗りました。
午後になって運転再開が決まりました。とりあえず一安心です。
この列車で豊後森(ぶんごもり)駅に向かいます。

山や田んぼが続く中を走っていきます。
途中の由布院駅でほとんどの乗客が降りていきましたが終点の豊後森駅まで乗ります。
由布院駅には足湯があったりするみたいですが、明日の船に間に合わすため素通りです。
豊後森駅(玖珠町)に着きました。
待ち時間が1時間近くあったので駅の周りを散歩してみました。
切株山(きりかぶざん)が見えます。
案内板によると・・・
むかしむかし、このあたりには大きな楠木(クスノキ)で覆われ、作物が育たず
困っていました。そこで村人は大男に頼み楠木を切り倒してもらいました。
その切株が現在の切株山となっていると言われています。「玖珠(くす)」という地名も
このことに由来しています。
と書かれていました。
確かに切株みたいな山のてっぺんを何かで切ったかのような形をしています。

しばらく豊後森駅で過ごして日田(ひた)駅を目指します。
車両はさっきまで乗っていた車両で行き先表示が変わっただけです。
30分くらい走ると
日田駅に着きました。
久大本線の日田駅-光岡(てるおか)駅間は先月の九州北部豪雨の影響で
橋脚ごと流されてしまっているので、代行バスで移動します。

光岡駅からは久留米駅まで乗っていきます。
少し暗くなってきました。
19:30頃、福岡県の久留米駅に到着しました。
荒尾駅で熊本行きに乗り換えます。
いまさらですが、駅のホームってレールみたいな部材が使われていることが
気になって調べてみました。一見鉄骨っぽいけどよく見るとレールっぽい感じです。

昭和40年台頃までは駅のホームには古いレールを再利用していたらしく
駅によっては1900年製のレールを再利用しているところもあるそう

時間があるので荒尾駅のホームのレールを観察してみます。
すると「 30. (マル印の中にS) 2605 ||||||| 」 と書いてありました。
このサイト「http://hamarepo.com/story.php?story_id=5002」によると
このレールの場合だと、「30」がレールあたりの重さ、「(マル印の中にS)」が八幡製鉄所、「2605」が製造年を示しているそうですがこのレールは皇紀で表記されていて西暦に直すと1945年、「|||||||」は棒の本数で月を表すので7月
「1945年7月に八幡製鉄所で製造されたレール」ということになります。終戦の一月前です。
戦時中は西暦を使用することがふさわしくないとされていたので、この時代は皇紀(神武天皇が即位したとされる年を元年とする)で記載されていたそうです。

荒尾駅から熊本駅行きに乗り換えて、
21:30頃にきょうの目的地、熊本駅に到着しました。

きょうの経路
大分駅(大分県)-熊本駅(熊本県)
ピンク色に塗ってある部分が通った路線です。

2017年8月6日日曜日

12日目 新井口-大分

台風が心配だったので、早めに駅のホームに向かいました。
きょうは広島県の新井口(しんいのくち)駅からスタートです。
新井口駅から最初の乗り換え駅の岩国駅(山口県)に向かいます。
岩国駅で下関行きに乗り換えると、しばらく海沿いを走っていきます。
下関駅に到着しました。ここで小倉行きに乗り換えます。
本州側は直流電化、九州側が交流電化のため関門トンネルを抜けてすぐの門司駅(福岡県)のあたりには電源を切り替えるデッドセクションという区間があって、切り替え時に照明が落ちたり、空調が止まったりとデッドセクションが体験できました。
小倉から中津駅に向かいます。
大分県の中津駅に着きました。台風の影響か天気が不安定です。
中津市は福沢諭吉が幼少青年期に過ごしたところだったらしいです。
駅の窓にも貼ってあります。
中津駅から大分行きの電車で別府に向かいます。
日本のUSAで有名な宇佐を通って行きます。ロゴまで星条旗のような

別府の風景です。湯気がすごいです。
駅からバスに乗って、
海地獄を観に行きました。
きれいな青色をしています。そばにソテツが生えていて沖縄の海みたいです。
噴気や熱湯などが噴出しているところを地獄といい。海地獄の青色は
硫酸鉄という物質が溶けているためきれいな青色をしているそうです。
すごい勢いで湧いています。音もすごいです。
海地獄のあとは竹瓦温泉に行ってきました。
名前の由来は、建築当初は竹屋根葺きの浴場でその後の改築で瓦葺きになったので
竹瓦温泉になったらしく、この建物は昭和13年に建てられたものだそうです。
温泉を出て別府駅へ
別府駅から、きょう最後の目的地の大分駅に向かいます。
大分駅に着きました。きょうはここまでです。
あしたの台風の影響が心配です。

きょうの経路
新井口駅(広島県)-大分駅(大分県)
ピンク色に塗ってある部分がきょう通った路線です。